prambanan.gif (1228 バイト) by 小峰 昇

 夏のモンゴル草原に吹く風は馬乳酒の香りがする、というひとがいた。またあるひとは、人間のいとなみのなかでもっとも「詩」にちかいもの、それが遊牧だといった。
 そのどちらのひとにも、私はお会いしたことがない。が、そのときの彼らの視線が、どこかあらぬ虚空を――その本人にしか見えない遥か遠いモンゴル高原の、蒼くすきとおった空のかなたを漂っていただろうと想像する。
 「モンゴル症候群」。これらの症状を総称して、そう呼ぶ。私がつけた名称だから、医学書にはのっていない。命にかかわる病気でもない。どちらかといえば、これは病気というよりもむしろ、こころを癒す処方箋と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。
 ある夏のモンゴル訪問いらい、私もこの症状が慢性化している。そして、ときどき熱に侵されたようにハイになったりもする。あの蒼き天の下に、きょうも彼らが動物たちとともに暮らしていると思うと、すこしだけ背筋がのびて元気になる。

夏の遊牧民キャンプ。ふつう2?3家族がグループをつくり10頭前後の乳牛、数十頭の馬、そして数百頭の羊をつれて遊牧する。

 北京から乗ったMIAT(モンゴル航空)機が、草原のまんなかに不時着した。と思ったら、そこがウランバートル空港だった。滑走路わきの柵のそとで、牛が草を食べていた。ヴィザを持っていたから入国はできたが、市内へ行くバスもタクシーも無い、といわれた。もちろん、今夜泊まる宿のあても無い。
 草原を馬で駆けてみたい、遊牧民のゲル(円いテント住居)を訪ねてみたい、というだけの思いで来てはみたものの、やはり無計画すぎたか。改革開放からまだ何年も経っていないこの国では、私の旅のスタイルは通用しないのか。無策のままボンヤリしているとき、流暢な日本語で声をかける婦人がいた。それがエンクトヤさんだった。
 モンゴル文部省のお役人で、一年間の日本研修の途中、夏休みで帰国していたのだった。遠来の親戚をもてなすように、その後の滞在の世話をしてくれたうえ、彼女の家族や友人をとおして「いまのモンゴル」を、可能なかぎり私に見せてくれた。
 滞在2週間目に、念願の遊牧民ゲルにホームステイできることになった。

伝統的なフェルト製のゲル住宅と、高層アパート群に囲まれたガンダンテグチンレン寺院(通称ガンダン寺)。人口60万の首都ウランバートルも、中心部をはずれると多くの人たちが昔ながらのゲルに暮らしている。

 ウランバートルから南へ、車で一時間ほどのセルゲドゥン・ソム(村)。ネグデルと呼ばれる社会主義時代の牧畜業協同組合が、その母体である。いわば遊牧の基地になるところで、家畜の集団越冬地でもある。村といっても、塀の中に建っている住まいは、みんなゲルである。
 村のまわりは緑一色の草原。なだらかな低い丘の連なりのあいだを、そのまま飲めるほどの澄んだ小川が流れている。色とりどりのちいさな花がいっぱい咲いた丘にすわり、草の香りのする風に吹かれながらその広大な景色を眺めると、どこよりも故郷の草原を愛するというモンゴルのひとたちの気持ちがよくわかる。そして空間の広さはひとの心をも大らかにする、ということも。

午後、放牧を終えてキャンプ地に帰る羊の群れ。こんな至福ともいえる季節があるから、長く厳しい冬も耐えることができるのだろう。

 村からさらにトラックで草原をゆき、遊牧中のゲルを訪ねた。ゲルの主はダシさんという六十歳の偉丈夫で、名馬を育てる名人。ナーダム(国家規模の夏祭り)の競馬の優勝馬を何頭も育てたそうだ。競馬と言っても50km走だ。ハンパな強さではない。
 さっそくダシさんの馬を借りて、遊牧中のヒツジの群れをキャンプへ連れもどす手伝いをする。見るからにかしこそうな名馬だ。まるで仮免許のドライバーにフェラーリを貸してくれるようなもの。しかもこのフェラーリは、自分の仕事をちゃんと心得ていて、群れから離れたり遅れたりするヒツジを、やさしく促すように追うのだ。私はただ、その背中に乗せていただいているお客様。だが、不思議なことに、馬の背丈ほど目線が高くなっただけで、草原の景色がちがって見えるし、ひととしての誇りも湧いてくるようなのだ。何千年ものあいだ、騎馬遊牧民族が過酷な自然の中で、そのいとなみを変えずに生きてきた秘密みたいなものを、ちょっとだけ垣間見た気がした。

ゲルの中心に置かれたストーブで、ショル(汁)またはラプシャと呼ばれる、干し肉のダシのきいた肉うどんを作る遊牧民女性。燃料は乾燥した牛糞で、においはまったくなく火力が強い。

 午後はヒツジを一頭解体して(合掌!)、宴会となった。ウランバートルから野遊びにきていた知人友人、年よりから赤ん坊まで二十人以上がゲルのなかで車座になった。アルヒ(馬乳酒の蒸留酒)の杯を回し、ひとりずつ歌や芸を披露する。杯が何周もする頃には、草原の夜はとっぷりと暮れていた。
 吐息が白くなる冷気のなか、村へ帰るトラックの荷台から見上げると、息が詰まるほどの満天の星空で、いまにも天が落ちてくるかと思われた。そして、私の記憶はそこで途切れた。

セルゲドゥン村の若い牧民の家族。ここはめずらく木造の住宅。子供たちは外ではわんぱくだが、両親、とりわけ父親の前ではおどろくほど従順でおとなしい。遊牧社会では父親やリーダーの権威は絶大なのだ。

by 小峯 昇

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